独裁者アドルフ・ヒトラーの演説・名言46[英語と和訳]

アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)の英語&和訳のおすすめ名言と人物像

アドルフ・ヒトラーの言葉-お気に入りBEST3

【強い意志の力持つ】If freedom is short of weapons, we must compensate with willpower.(自由という武器が不足しているのなら、意思の力で補わなければならない。)
【個人より集団の利益】The liberty of the individual ends where it starts to harm the interests of the collective.(個人の自由は、集団の利益を害し始めるところで終わる。- 1939年5月1日ベルリンのルストガルテンでのスピーチより)
【社会主義とは】Socialism is the science of dealing with the common weal. Communism is not Socialism. Marxism is not Socialism.(社会主義とは、共同体を扱う科学である。共産主義は社会主義ではない。マルクス主義は社会主義ではない。- 1923年 詩人ジョージ・シルヴェスター・ヴィエレックとのインタビューより)

ナチス・ドイツを率いた独裁者アドルフ・ヒトラーの生涯・エピソード・功績

【ヒトラーってどんな人?】
1921年にナチ党の党首となり、ヴェルサイユ体勢打破や反ユダヤ・反共産主義を掲げる。世界恐慌による社会不安の中、1933年に政権を獲得。総統として独裁政治を行い、対外侵略を強行して第二次世界大戦を起こす。敗戦直後の1945年4月30日、ベルリンの首相官邸地下壕で自殺した。

【後の独裁者が味わった青少年時代の挫折】
第二次世界大戦を引き起こし、ユダヤ人を大量虐殺したヒトラーは、現在も悪の代名詞となっている。ただし、第一次世界大戦でドイツが敗北したのちに政治家となるまでのヒトラーは、どこにでもいる青年だった。
ドイツとの国境に近いオーストリアのブラウナウに生まれたヒトラーは、11歳で入学したリンツの実科学校で人生最初の挫折を味わう。父アロイスの命令で通い始めたこの高等教育機関で勉強についていくことができず、上級学校へ進学できなかった。ただし、このころには厳格な父は死んでおり、学校を中退したヒトラーは16〜18歳までの間、リンツの図書館で読書にふけったり、趣味の絵画に没頭したりと、気ままな生活を送っている。
その後、彼は1907年にウィーンの美術学校を受験するが失敗。同じ頃に母を亡くしたヒトラーは単身ウィーンに出たものの、1913年にミュンヘンに移り住むまでは、街並みを描いた絵を観光客に売るなどして日銭を稼ぐ苦しい毎日で、ときには浮浪者宿泊所を利用することもあったようだ。

【ウィーンを憎悪しリンツを偏愛した理由】
ヒトラーは自分をどん底に突き落としたウィーンを憎んだ。1944年に連合軍のウィーン空襲が始まった際には、同地の防空司令部が要請した高射砲の増強を拒否した上「ウィーンは安んじて空爆を受けよ」と答えたという。結果、ウィーンは焦土と化した。
こうして自らの暗い過去を知る場所を見捨てる一方で、彼は青春時代を気ままに過ごしたリンツを偏愛した。建築家に壮麗な美術館を中心としたリンツの都市計画模型をつくらせ、陥落を間近に控えたベルリンの首相官邸地下壕でも、暇さえあればそれを眺めていたという。しかも、いちいち照明の角度を変え、朝・昼・夕方でその計画都市がどのような景観になるかまでチェックするという熱中ぶりであった。八方塞がりの状況の中、彼は人生最良の時の思い出を重ね合わせた「夢の都市」に現実逃避していたのかもしれない。

【父の生誕地を消し去った理由】
オーストリア併合後の1938年、ヒトラーは父が生まれた同国北東部のシュトローネスを軍の演習地にして、村落ごと強制撤去している。これは、父と自分の出生の秘密を隠そうとしたためとされる。
マリア・アンナという女性の私生児として生まれた父アロイスは、その後、実父とされる人物の弟に預けられたが、実はこの養父となったヨハン・ネポムク・ヒュットラーこそが実の父親だという説が有力視されている。そしてアロイスはこの養父の孫娘、つまり自らの姪にあたるクララと結婚してヒトラーが生まれているのだ。

※初回投稿日:2020年12月7日

名前: アドルフ・ヒトラー
Name: Adolf Hitler
生まれ: オーストリア ブラウナウ・アム・イン
生年月日: 1889年4月20日
職業: 政治家

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アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)の名言・格言・言葉 一覧

There are two things which can unite men: common ideals and common criminality.
人を団結させるものは二つある。共通の理想と共通の犯罪性である。- 1923年8月1日ミュンヘンでのスピーチより

 

The common good before the individual good.
個人の幸福より公の幸福を優先せよ。- 1920年2月24日の党綱領演説演説「The Nazi 25-point Program」より

 

Life does not forgive weakness.
人生は弱さを許さない。

 

We must on principle free ourselves from any class standpoint.
我々はいかなる階級的立場からも原則として自由にならなければなりません。- 1922年4月12日ミュンヘンでのスピーチより

  Our fight is with money. Work alone will help us, not money. We must smash interest slavery. Our fight is with the races that represent money.
我々の戦いはお金との戦いである。お金ではなく仕事こそが我々を救うのだ。利益の奴隷制度を叩き潰さなければならない。我々の戦いはお金を代表する人種との戦いなのだ。- 1919年12月18日のスピーチより

  Politics is history in the making.
政治は歴史を作っていくものだ。- アドルフ・ヒトラーによる本「ヒトラー第二の書 (Hitlers Zweites Buch)」より

  We want the people to be peace-loving, but also to be courageous.
人々には、平和を愛する心を持ちつつも、勇気も持ってもらいたい。

  If freedom is short of weapons, we must compensate with willpower.
自由という武器が不足しているのなら、意思の力で補わなければならない。

  We reject the political aims of the industrialists.
我々は実業家の政治的な目的を否定する。- 1927年5月にシュトゥットガルトで開催されたNSDAP地方大会でのスピーチ

  Since we are socialists, we must necessarily also be antisemites because we want to fight against the very opposite: materialism and mammonism… How can you not be an antisemite, being a socialist!
我々は社会主義者故、必然的に反ユダヤ主義者でなければならないが、物質主義と拝金主義という正反対のものとの戦いを望むからである。反ユダヤ主義者にならずに社会主義者になることができようものか。- 1920年8月15日ミュンヘンでのスピーチ「Why We Are Anti-Semites」より

  Everyone was at one time a Social Democrat.
誰もが一度、社会民主党になる。- アドルフ・ヒトラーによる本」Hitler: Sämtliche Aufzeichnungen 1905-1924」より

  The liberty of the individual ends where it starts to harm the interests of the collective.
個人の自由は、集団の利益を害し始めるところで終わる。- 1939年5月1日ベルリンのルストガルテンでのスピーチより

  It is our will that this state shall endure for a thousand years. We are happy to know that the future is ours entirely!
この状態が千年続くことは我々の意志である。未来は完全に我々のものであり、我々は幸せである!- 映画「意志の勝利」より

  THERE ARE NO SUCH THINGS AS CLASSES: THEY CANNOT BE.
階級のようなものはどこにもないのだ。あってはならないものだ。- 1922年4月12日ミュンヘンでのスピーチより

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